「目のクマ取りしたこと、整形だと思われたくないな…」
こう感じる方、けっこう多いと思います。
私の場合、結局「隠しも、あえて言いもしない」という選択に落ち着きました。
理由はシンプルで、自分の中では「整形」ではなく「治療」だと捉えているからです。

この考え方に落ち着いてから、けっこう気が楽になりました。
なぜ「整形だと思われたくない」と感じるのか
美容医療を受けたことを隠したくなる心理について、興味深い指摘があります。
その恥ずかしさは、周囲が実際に向けてくる偏見よりも、「整形=良くないこと」という自分自身の思い込みから来ていることが多い、という指摘です。
つまり「バレたら何か言われるかも」という不安の多くは、実際に何か言われた経験からではなく、自分の中の「整形は恥ずかしいもの」という前提そのものから生まれている、ということです。
「言い訳」まで用意されているのが実態
「隠したい」というニーズがどれだけ大きいか、面白いデータがあります。
eクリニック福岡の解説には、クマ取り後のダウンタイムを周囲に聞かれた時の「言い訳」が具体的に紹介されています。
- 「今年に限って花粉症になってしまい、腫れている」
- 「掃除中に物をぶつけた」
- 「両目にできたものもらいを切開して取った」
クリニック側がここまで具体的な「言い訳集」を用意しているということ自体、「バレたくない」と感じる人がそれだけ多い、という証拠でもあります。
同じ記事では「整形は決して悪いことではなく、他人に迷惑がかかるようなものではない」と、あえて公表するという選択肢にも触れられていました。
私の場合:取り繕わず、聞かれたら普通に答えた
私自身、施術のダウンタイム中に会社で「目、大丈夫?」と聞かれたことがあります。
その時、花粉症のふりをするとか、ぶつけたことにするとか、そういう言い訳は特にしませんでした。
かといって、自分から積極的に「クマ取りしてきました!」と宣言して回ったわけでもありません。
聞かれたことに、聞かれた分だけ普通に答える、というくらいの温度感でした。
「整形」と「治療」、私の中での線引き
なぜ取り繕う必要を感じなかったのか。
それは、目のクマ取りを「見た目のコンプレックスを解消するための治療」だと捉えているからです。
私はAGA治療も長く続けていますが、あちらは「治療」という言葉に誰も違和感を持ちません。
目のクマ取りも、私にとっては構造は同じです。
「なりたい姿になるための整形」というより、「気になっていた見た目の悩みを、医療の力で解消した」という感覚の方が近いです。
パートナーに話すかどうかで悩んでいるなら
私自身は「大きな告白イベント」というほどのことはせず、自然に話す程度でしたが、もっと深刻に悩んでいる方もいると思います。
その場合の参考として、高須クリニックの高須幹弥医師の見解を紹介します。
「隠し事をしたくないという姿勢が、むしろ信頼関係を深める」とした上で、「一生隠し通すのは難しく、後から気づかれるより自分から言う方が印象は大きく変わらない」と述べています。
整形は「長い人生における些細な問題」であり、結婚生活ではもっと大きな困難が必ずやってくる、という位置づけも印象的でした。
まとめ
- 「整形だと思われたくない」という不安の多くは、実際の周囲の反応より自分自身の思い込みから来ていることが多い
- ダウンタイム中の「言い訳」が用意されているほど、隠したい人は多いのが実態
- 「整形」ではなく「治療」だと捉えれば、隠す必要も取り繕う理由もなくなる、という考え方もある
- パートナーへの告白に迷う場合、正直に話す方が信頼構築につながるという見解もある
隠すか隠さないかは、正直どちらでもいいと思います。
ただ、「整形」ではなく「治療」だと捉え直してみると、気持ちがふっと軽くなるかもしれません。
あわせて読みたい





コメント