さんさんです。
2025年の秋~冬にかけて、記事の更新が途絶えてしまっていました。
というのも、フリーランスとしての受注仕事が多忙を極め、思うように作業が進まなかったからです。
みなさんは、仕事があまりにも忙しい。周りに気を使いすぎて疲弊する。結果、思うように人生が進まないというような「自分の人生が自分のものではない。」感覚を感じることはありませんか?
数か月、私は多忙を極める中で強くそのことを感じました。
そして考えました。
自分にとって本当に「やりたいこと」「理想の暮らし」とは何なのか。
「受注案件に縛られる生活」は会社員とどう違うのか。
無意識に行っていた「働き方」、それにより「集まってくる仕事」とは。
その根源となっていた「ずれた願望」とそれを求めた「原因」。
今回の記事は自分語りにも近いですが、似たような状況のフリーランスの方、また会社員の方も思い当たる部分があるかもしれません。
問題の解決に直結するとは限りませんが、何か参考になったり、サンプルとして役に立つことを願って綴ります。

ちょっと心地いい暮らしとは何なのか…
受注型フリーランスとしての多忙
2025年の春にフリーランスとして本格稼働し始めたさんさんですが、有難いことに開始早々様々なお仕事をいただき、なんとかここまで生活してくることができました。
職種としてはラジオのディレクターです。
ただし、ラジオ業界(特に全国区ではないローカルエリア)というのは正直あまり儲かっていない部分も多く、予算がありません。
そのため、ラジオに関係したお仕事はあまり多くはありません。
そんな中、有難くもお話をいただいたのは、イベントの運営や実務に関するお仕事でした。
年間契約という形で毎週のイベントの運営をご依頼いただいたり、イベント会場の管理や、大規模イベントの運営などに携わりました。
年間のスケジュールやイベント内容の調整、出演者・出展者のブッキング、会場への申請、業者との調整~当日のアテンド、進行、音響、MCなど業務は多岐にわたります。
日々大量の業務がありましたが、関係者の皆様のご協力もあり、なんとかここまで大きなトラブルもなく進めてくることができました。
ただその中で、様々な疑問を抱いたり、この「働き方」、延いては「生き方」についての限界というものに突き当たりました。
会社員という働き方
話は遡りますが、私は2024年に会社を辞め、フリーランスになりました。
数社併せて20年近く会社員をやっといてなんですが、会社員が合わなかったんです。
組織の中にいると、がむしゃらに頑張ることは必ずしも是ではありません。
また、怠けていても風当たりが強いです。
そういった調整の苦手だった私は、さぞ余計な仕事を増やして周りに迷惑をかけていたことでしょう…
そのほかにも、仕事の割り振り、情報共有、上層部と現場との隔たりや、人事、休日の取り方、昇給システムなど、集団での難しさというものが多くあります。
具体的に書くと暗くなってしまうのでここまでにしておきますが、集団生活が超絶苦手なさんさんは、周りに迷惑をかけながらもなんとかこの中でやりくりしていました。
が、ある時、ふと思いました。
仕事の内容、進め方、時間の使い方をもっと自由にしたい。
この働き方が自分の理想の暮らしに繋がると思えない。です。
自分にとっての理想の暮らし
みなさんはどんな暮らしが理想ですか?
ここでは「働き方」または「生き方」という表現のほうが合っているかもしれません。
私は比較的クリエイティブな業種にいたので、自由な発想で、自由に作って、時間ができたら自由に過ごす。みたいな幻想をずっと持っています。
まあ、幻想です。
現実はそんなに甘くはありません。
放送局時代を思い出せば、スポンサーの要望は大切だし、需要がなければ意味ないし、スタッフの属人化は避けたいし、必要な作業をこなすと休みも全然ありません。
会社にもよるかもしれませんが、会社員的働き方は「発想」「行動」「時間」これらの自由が大きく制限されると感じました。
私の理想は、こういった要素をできる限り自由な裁量で扱うことです。
仕事を仕事とも思わないような、そんな幻想です。
そう、幻想です。
でもそれが自分の理想の「働き方」であり、「生き方」であり、「暮らし」です。
行動しないと幻想は幻想のまま、霧に紛れて消えてしまいます。
不平不満ばかり口にしていても何も変わりません。
だから行動しました。
欲求に従って会社を辞めました。
受注型フリーランスにもいろいろある
ラジオディレクターと名乗っているさんさんですが、前述のとおり、最近はイベント運営を主な仕事としています。
これはいわゆる受注案件です。
クライアントがいて、元請けがいて、要望がある。
それを形にするために、日夜せっせと作業をしているわけですが、ある日気づいてしまいました。
そう、この生活、会社員と変わらん…
なんなら社会保障の薄い契約社員では…
厳密にいえば単発受注か、長期契約か、取引先は分散されているか、など条件で変わってきますが、私の場合は特定の取引先に依存していた部分が大きく、特に会社員的な要素は増えていきました。
本来のフリーランスとは、請け負った業務に対して、結果さえ示せれば、その進め方や裁量は自分にあります。
しかし、受注の難しさはここにあり、「受けました」→「納品しました」「作業完了しました」というようなシンプルなものばかりではありません。
要望に合わせて調整を繰り返しながら進め、クライアント、元請け、関係会社、現場、様々な意向を波風立てず目的の方向に揃えていくことが必要な場合もあります。
受注型フリーランスに来る仕事にはいくつか本質的な種類があります。
目的に対して…
- 技術や知識が足りないからその道のプロとして協力してほしい。という仕事
- 「あなた」と仕事がしたいからお願い。という仕事
- 現場作業員。という仕事
- 自分たちで対応すると面倒くさいから外注する。という仕事
- 丸投げ前提の仕事
です。
下二つの依頼は、受けても会社員時代と何も変わらないどころか、いわゆる偽装フリーランスと呼ばれる、社会保障が薄いけど社員並みに便利に使われる働き方になる可能性が高いです。
大きな裁量はないけど責任はある。という状態です。
受注に限界を感じている人は、自分に来た依頼がどれに該当するか改めて見直す必要があります。
受注型の限界
私は会社員的な受注フリーランスを続けていく中で、ストレスが大きくなりすぎて体調を崩してしまいました。
そして受注、人からの依頼で作業をこなすという働き方そのものに限界を感じました。
理由は二つあります。
- 本来、自分の描いていたフリーランス像と大きく乖離していたこと。
- 「作業に対しての報酬」という時間労働的な働き方では、自分の体力的、時間的リソースが収入の限界になる。ということ。
です。
まず、自分の理想(幻想)では、仕事の内容や進め方、時間、場所、関わる人など、自由な裁量の下で進められる自由な暮らし。というスタイルをイメージしていました。
しかし現実は、雇用形態が変わっただけで、仕事自体は大きく変わらず、社会保障が薄い、代わりがいない、営業や経理も全て自分、というような負担が増えるだけの結果になってしまいました。
仮に1日3万円もらえたとして、1か月フルで働いて90万円、20日なら60万円です。
(消費税等は除く)
これを多いと考えるか、そこが限界と捉えるかですが…
ちなみに30日フルで働き続けるなんて不可能ですし、そんなに都合よく案件の数はありませんし、リソースが自分一人であれば、都合よくスケジュールが埋められるわけでもありません。
必ずどこかでバッティングして、思うように数が増やせなくなります。
1日10万円もらえばいいじゃないかとも思いますが、その分、責任や工数は増えるかもしれないし、これも都合よくはいきません。
大型年間契約が来ても、その仕事が多忙だったら他の仕事が受けられず、そこから伸びにくいです。
一つの取引先に依存し、その仕事がなくなったらもう何も残らない。というリスクもあります。
会社にして人を雇ったらうまくいくのかもしれません。
少なくとも、これらを自分一人でうまく調整することは難しいと感じました。
勝手に集まる仕事はそれまでの自分の在り方の形
さんさんは、ほぼ営業活動をしていません。
寝てると勝手に連絡が来て仕事が入ることも多いです。
ただし、それは必ずしもいい事ではありません。
自分の年収比率を見てみると、
- 80%→労力の大きい対人調整が多い長期仕事
- 20%→完結型の単発作業仕事
です。
もちろん対人調整系の仕事が得意な人もいるでしょうし、年間契約などは大きな安定と安心をもたらします。
自身に合っていて続けられるなら、どんな業態でも業種でも素晴らしいです。
フリーランスとしての形をうまく作れているといえます。
ただ自分の場合、
- そもそも対人系の仕事が苦手
- なのに、その中でも特に大変な仕事が集まってくる
という特性がありました。
なので続けるほどに疲弊していきました。
なぜそんな仕事ばかり来るのか…
そこで過去の自分の働き方と、目指していた理想像を思い返してみました。
すると、驚くべき真実が見えてきたのです。
過去の自分
さんさんは、そもそも人見知りで内向的です。
そんな自分なのに、なぜか対人系の仕事が集まります。
なぜか。
それは会社員時代に対人調整が得意、場を円滑に回すのが得意、と見られていたからです。
自分でもそういった業務をそつなくこなすのがカッコいいと思っていたし、現にそれなりにはこなしてきていたという事実もあります。
自分の理想は、オールマイティに何でもこなせるスーパーマンのような優秀な人材でした。
そういった優秀さが、収入アップやキャリアアップに繋がると思ったからです。
苦手でも一生懸命やって乗り越える。これが一種の自己実現であり自己肯定感の支えでした。
だから一生懸命やる。
それなりにできてしまう。
するとそれを見た周りの人は、「この人は対人調整が好きで得意なんだ。こんなに一生懸命真面目にやっているし。」となります。
「いい案件があるんだけど、実作業は面倒なんだよね。誰か程よく使える人いないかな。」
それが寝てても勝手に仕事が来る(苦手で疲弊するものばかり)の正体でした。
気づけば面倒な仕事の受け皿的な、便利屋ポジションに来ていました。
自分の思った仕事は来ないけど、大変なものなら来る。という方はこのパターンにハマっているかもしれません。
原体験・記憶を探る
先ほど、スーパーマンのような優秀な人材になりたかったと書きましたが、もう少しいうと、「とにかく凄い人」になりたかったと言い換えた方がいいかもしれません。
とにかく凄い人です。
すごく抽象的で頭の悪い言い方ですが、なぜか漠然と自分の中にこれがありました。
それはなぜか。
最近これについても深く探ることができました。
正体は生い立ちにありました。
さんさんの実家は、そこそこ普通の家ですが、なんとも思想の強い一面がありました。詳しくは省きますが、
- 自己肯定感の育ちにくい環境
- 好き嫌いせず食べなさい。ではなく、嫌いなものほどたくさん食べなさい
というものです。
それを思い出したときに繋がりました。
嫌なことでもやる。やるからには結果を出したい。限界が来るまで断らない。
そうやって役に立たないと周りに認められない。
だから何でもできる凄い人になりたい。
自分の脳裏に焼き付いていた「凄い人」というキーワード、それは自分の価値をなんとか認めるための最後の自己肯定感の欠片でした。
「凄い人」になりたい。
これまで、それを実現するために「苦手なことほど自分に課す」という自分で自分を苦しめるやり方を是としていました。
結果として対人が苦手なのに「放送局」で働き、少しのことでも不安になるくせに「対外的な調整」を一生懸命こなしていたんです。
そしてその様子を見た人たちから「あの人は一生懸命やってくれるし対応も柔軟だから、この面倒な仕事もきっとうまくやってくれるだろう」という印象を受ける。という構造が出来上がっていました。
続けられたら本物だったかもしれません。
自分には無理でした。
ちょっと心地いい暮らし
ブログのテーマにもなっていますが、これは今回の気づきが起こる前に考えたものです。
でも今になって、このテーマを本気で実現することが、自分にとってのこれからの人生のテーマだと思うようになりました。
ずっと苦手な方向に努力をしていた自分を労いつつ、これからは自分らしい、自分に無理のない方向で生きていく方法を模索するステージに来たと考えています。
ここまで40年近く、社会人としては20年近く苦手なことを一生懸命頑張って、結果として大したものは残っていない。というのが主な理由です。
- 苦手に挑む自分としては、人並み以上のエネルギーを使っていた
- しかし実際の行動だけ見れば人並
というイメージです。
自分としてはこれ以上ないほど頑張っていましたが、結果としては大したことがない。という現実です。
なのでこれからは、得意な方向にエネルギーを使おうと思います。
具体的にはやりながら模索していく形になるので、明確な回答を提示することはできませんが、こうやって自由に文章を書くこともその一つです。
もしよければ、今後のさんさんの動向に少しだけ注目していただけたら幸いです。
そして、現在自分の生き方に悩んでいる方には、一つのサンプルとしてこの記事を読んでいただけてたら幸いです。
ちょっと心地いい暮らし…
みなさんが心地いいと感じる日々はどんなものでしょうか?
たまには少し立ち止まって、そんなことを考えてみるのもいいかもしれません。
こんな発信をしています!
断るのが苦手な自分についての内省です。
抽象的な文章ですが共感していただけたら嬉しいです。
こんな性格なので外見のコンプレックスもすごいです。
コンプレックス解消のために、様々な試みをしているので、体験談を交え解説しています。




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